project N 37 阿部岳史

caltec2009-06-07



東京オペラシティアートギャラリーの特徴の一つである、国内の若手作家の紹介を行うシリーズ、「project N」。37回目となる今回は、阿部岳史 にスポットが当てられた。


キャンバスの上に、均等に並べられた数cmの立方体の突起。この一つ一つに色が塗られている。近くで見るとただの点なのだが、作品から遠ざかり、そして少し斜めから見ることによって、点が次第に全体像を帯てき、人物や風景が浮かび上がってくる。


人間の目の錯覚を利用した、作品。どこかユーモラスで、遊び心があり、しかし彼の主張しているテーマは、物体のもつ曖昧性であったり、逆に普遍性であったり。「個」に依存しない、ある種のイメージを 立方体のキューブを使うことで表現している点が、彼の表現手法の優れている点だと思う。

隙間にただよう個の記憶 阿部岳史の「幽霊たち」

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たとえば、小学校で隣の席になったことのある同級生を思い出してみます。消しゴムの貸し借りをしたり、よそ見をしている最中に急に当てられて窮したとき、教科書のページを耳打ちしてもらったりした思い出とともによみがえるその顔は、ぼんやりとおぼろげで、目鼻立ちや髪型は正確に描写できるほど鮮明なものではありません。それでも、隣の席の○○さんは私の記憶の奥にまぎれもなく存在し、さまざまなエピソードをともなってふとした拍子に姿を現します。ともに過ごした時期は人生のほんのわずかな一コマで、直接の関わりはその中のさらに断片です。彼/彼女自身はすっかり大人になって、今もどこかで人生を送っているでしょう。小さな断片が浮かび上がらせるのは、時空を超えて現れた彼らの「幽霊」なのかもしれません。


平面とも立体ともつかない作品の中で阿部がテーマとしているのは、人の記憶や感情、気配などあいまいで不確かなものの存在です。着色されたキューブの几帳面な配列によって表されているのは人物や風景ですが、それは阿部にとって固有の対象を表したものではありません。実際は街中で撮ったスナップや知人をモデルにしたポートレイト写真を素材としているものの、コンピュータ上でイメージをモザイク化させ、単色のピースへと解体することで、人物や風景を特定する特徴や詳細が取り除かれていきます。断片の集合は、鑑賞者それぞれの記憶の中のピースで補完されてふたたび像を結び、匿名的(アノニマス)な存在から鑑賞者にとって固有の「だれか」「どこか」へと還元されていきます。一見機械的でドライな作風と、人の中に眠る記憶をするりと引き出して個人的な感覚を揺さぶる手法の意外なギャップは、阿部の作品の面白さ、醍醐味のひとつかもしれません。


普遍性を持ちながら鑑賞者それぞれに固有の感覚を喚起させることについて、阿部自身は次のように述べています。
「その作品を観た人が、何かを考えた時点で完成になると思っています。ぼーっと。
自分も美術館や画廊で時間を過ごすとき、それを観ながら何か他の考え事ができたり、なにか思い出させてくれた作品こそ、いい作品だと思っています。
その考えることや思い出すことが、観た作品とは無関係であればあるほどいい作品の終わりだと思います」※


これは、阿部が2007年初春に個展を行ったギャラリーが、スペースとしての活動を終えるにあたって歴代の出品作家にとったアンケートへの回答です。「作品は何をもって『完成』となるとおもいますか」という問いに対する阿部の答えには、展示された作品がそれ自体で完結するのではなく、鑑賞者の無意識の能動性が作品に不可欠な要素であるとの考えが強く表れています。このギャラリーで展示されたのは、阿部の作品群の中では異質といえる「固有名を残した」人物たちでした。再開発計画が発表された築50年近くの集合住宅・阿佐ヶ谷住宅の一角に、期間限定でオープンしたこのスペースでの展示に際して、阿部は住宅の元住人一家、そこを借り受けたギャラリーオーナーの姿を登場させました。玄関横の外壁、居間の壁、テラスへと続く掃き出し窓のガラスにキューブが直接付けられ、建物としての終わりを迎えようとする場の記憶が、そこを交差した人物たちによって具現化されたものでした。


それまでの作品と違って特有の記憶を扱う展示でありながら、阿部の作品はここでもある種の普遍性が保たれており、鑑賞者それぞれの私性を喚起させる隙間を残していました。印象的だったのは、訪れた人が阿部の作品が露わにする場の記憶をきっかけに自らの記憶を語り始め、それまで点でしかなかった個々の物語が流れを持って交わり始める状況を目の当たりにしたことです。記憶にもとづいた作品と鑑賞者の関係性が親密になればなるほど、そこに他者が入り込む余地は狭まるのかもしれません。しかし、同じ作品と他者との間にはその人固有の物語が紡がれていることを認識するとき、阿部の描く「幽霊たち」の向こう側には同じく物語を持つ他者の姿が重なって、社会性を帯び始めます。「地霊」のないホワイトキューブ空間における展示である今回、どれだけの幽霊たちと出会い交流することができるのでしょうか。


※とたんギャラリー(東京)による出品作家へのアンケートに対する作家自筆コメントより


作品は、とにかく「楽しい」の一言。本当は「+6 アントワープ・ファッション」展をメインに東京オペラシティアートギャラリーを訪れたが、実はproject N にはまってしまう、という、いつものお決まりのパターンにまた陥ってしまった。


企画力  :★★★☆☆
展示方法 :★★★☆☆
作品充実度:★★☆☆☆
満足度  :★★★★★



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