アシンメトリー


『タイニー・タイニー・ハッピー』の中で、北上次郎が、こう解説を締めくくっていた。

飛鳥井千砂は、唯川恵山本文緒がそうであったように、必ず大きくなる。ブレイクしてからそれ以前の作品を遡って読むのもいいが、出来れば今のうちから読んでおくことをおすすめしたい。まずは本書と、デビュー作『はるがいったら』、そして『アシンメトリー』だ。この3作を読んでおきたい。


アシンメトリー (角川文庫)

アシンメトリー (角川文庫)


北上氏のお勧めに従い、『アシンメトリー』を読んでみた。読後の感想としては、「読み応えがあり、面白かった」というもの。本書の特徴については、『タイニー・タイニー・ハッピー』で北上氏が本書(『アシンメトリー』)の新刊評で書いたというこの文章に端的に表れていると思う。

飛鳥井千砂はこれまでの3作がどちらかといえば、普通の人間たちのドラマであったことを想起されたい。昨今流行の癒し系の物語に分類されかねないのもそのためだったが、がらい一転、ここにいるのは劇的なほどアシンメトリーな男女たちだ。非対称な男女がいかに感情を交錯させうるか、という物語だ。それを力強く、彫り深く描いていく。これまでの読者なら、おやっと思う変化といっていい。


朋美・紗雪・治樹・貴人の4名の人間関係が、『タイニー・タイニー・ハッピー』と同様、それぞれが主人公の各章を綴られる中で描かれていく。一人の主人公を置かないことで、各人のキャラクターが複数の異なった視点から描かれていき、より作品世界が深くなっていくのと同時に、あのときの行動・発言はそういう意図があったのか、という、ある種謎解きのようなしかけができるのも、この構成によるところが大きいと思う。


本書が何より魅力的なのは、各人が「コンプレックス」を抱えており、そのコンプレックスと折り合いをつけながら生きていること、そして、他人から見ると、そのコンプレックスが、実はコンプレックスでも何でもなく、羨望や嫉妬の的であったりすること、そうした人間感情をきちんと描き出している点だ。


章が進むにつれ、各人の中だけで抱えていたそうした感情が、互いの交流の名で交錯・交換されていき、変化していく。この変化の様もおもしろい。読後に各登場人物の設定がわかった後に、また初めから読み返してみると、また違った視点から作品を読むことも出来、今まで読んだ飛鳥井千砂の3作品の中では、この『アシンメトリー』が一番興味深く読むことが出来た。



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